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Bienvenue en Bretagne ブルターニュへようこそ!ガレットやシードルなど豊かな食文化を生んだ、フランス ブルターニュ地方をご案内します。



レンヌ Rennes

イル川とヴィレーヌ川の合流地点のこの地に首都を定めたケルト系アルモリカ王国は、モン=サン=ミシェルの湾まで領土を広げていました。紀元前57年にローマ帝国が侵入したものの独自の貨幣を持ち、町の戦略的位置が発展のきっかけとなります。5世紀にはフランク族が侵略しますが、ブリテン島からケルト系ブリトン人が戻りレンヌを再興しました。1356年に今度はイングランドのランカスター公に包囲されますがベルトラン・デュ・ゲクランが守りきります。しかし1491年にはフランス王シャルル8世の軍によりレンヌが攻撃され、レンヌの防衛軍の死ぬまで抵抗する覚悟で戦います。しかし既に他のブルターニュの都市も侵略され、市民のあまりにもの犠牲にブルターニュ女公アンヌはシャルル8世との結婚をこの地(現在のジャコバン修道院)で受け入れ、公国は以来フランスへ併合されることになりました。この女公は清廉潔白の象徴「白テン」をブルターニュの紋章に使いはじめました。

高等法院が設置され法衣貴族の邸宅が造られましたが、街の大部分は中世の木組みの建物、1720年の大火事で945軒が焼失してしまいます。第二次世界大戦中も度重なる空爆で多くの市民が犠牲になり、木組みの家は旧市街区に焼け残るだけとなりました。戦後は自動車産業と電気通信産業により発展し、フランス初のテクノポリスブレイス語の二言語学習を受けられる大学もつくられ、人口の4分の1が学生の都市圏として活気を有しています。

新古典主義建築のサン・ピエール大聖堂がある旧市街は古き良き時代のレンヌに思いを馳せることができる界隈。ブルターニュ地方でも有数の史跡、旧ブルターニュ高等法院では金箔装飾の施された天井のある大法廷が、17世紀に花開いた高度な装飾技術を今に伝えています。フランスで最も美しいマルシェの一つであるリス市場には毎週土曜日の朝、地元の300以上の生産者が集まり、農産物豊かなこの地方で真の親睦のひとときを楽しめます。ここで売られているCoucou de Rennes というニワトリや、地方固有種の家畜は地下鉄Triangle駅から歩けるエコミュゼでも育てられています。

ラトゥール等やポンタヴェン派の作品を所蔵するレンヌ美術館、聖ジョルジュ修道院とその近くのタボール庭園(Parc du Thabor)の散策で心地よい時間を。

TGVでパリから2時間。南東へバスで7km離れたレンヌ=サン・ジャック空港は国内外の各都市と結ばれています。Paimpontブロセリアンドの森(地図はこちら)、Dinanなど近郊の街へ行くバス路線もあります。

TGVやローカル線TERでサンマロ、またサンブリユーブレストナント、カンペール方面へ。続きはこちら