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Bienvenue en Bretagne ブルターニュへようこそ!ガレットやシードルなど豊かな食文化を生んだ、フランス ブルターニュ地方をご案内します。



ナント Nantes

ロワール川が大西洋に注ぎ込む河口の町ナントは、10世紀から16世紀までブルターニュ公国の中心地でした。アンリ4世が1598年、長年にわたるカトリックとプロテスタントの対立を終結させ、信教の自由を認める「ナントの勅令」を発布した街です。ブルターニュがフランスに併合されて以降も海運で栄え、ナントの船主たちはアンティル諸島とアフリカ三角貿易を行い、砂糖と香辛料を輸入して富を蓄えました。18世紀にはフランス貿易全体の4割をナントが占め、フランス屈指の貿易港として現在も重要な役割を担っています。

ナントのシンボル、ブルターニュ大公城(Château des Ducs de Bretagne)、サン・ピエール・サン・ポール大聖堂、フランス一美しいと言われるアーケード「パッサージュ・ポムレイ」など、ナントの繁栄ぶりをうかがわせる数々の歴史的な建造物。またナントからのエルドル川クルーズでは川の両岸に次々と城が現れ、ナイトクルーズではライトアップされた城が川面に映し出されます。

製塩で有名なゲランドや生態系豊かな湿地帯へもバスで行くことができます。路線図はこちら

ナント美術館(Musée des Beaux Arts)やジュール・ヴェルヌ博物館にとどまらず、ナント島周辺の河沿いには屋外アートがいっぱい。サン・ナゼールまでの河口地帯に現代アートが並ぶイベントエステュエール・ビエンナル、毎年11月から12月に開催されるナント三大陸映画祭も有名ですが、毎年のクラシック音楽祭ラ・フォル・ジュルネ、人間機械を作る集団ラ・マシンはなど世界的に知られる文化発信もこの街からです。

ロワール河の白ワイン、ロワールの森のジビエ、また海の幸など豊かな料理を堪能できるのも河口の街ならでは。ここからロワール川の森の奥へとシャトー巡りの旅も素敵です。

ところでなぜナントはブルターニュ州に属していないのでしょう?

ナントの地に最初に定住したのはケルト人で、紀元前70年頃ガリア人の一部族であるナムネティ人が町を築いたことが都市名の由来です。カエサルによる占領後、ロワール河口地方の主要な都市となりますが、280年頃、サクソン人海賊の襲撃から守るためにブリテン島から駐屯部隊がやってきたと考えられ、エルドル川沿いにブルトン地名が多く残されています。歴代の公爵・公妃はいずれもナント大聖堂か近郊の修道院に埋葬されてきました。フランス革命の1789年、フランスの歴史的な州が廃止され、フランス全土は県として再編された際、ナントは現在のロワール=アトランティック県となります。更に1941年ヴィシー政府によってこの県はブルターニュから切り離され、旧メーヌ地方、アンジュー地方、ヴァンデ県と共にペイ・ド・ラ・ロワール地域圏を形成することになります。ブルターニュの歴史と文化についてはこちら